大学院の学位と永住権付与がもたらす新たなゲーム
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ヒラリーが提唱した米国大学におけるSTEMの修士・博士取得者に対するグリーンカード自動付与は、アメリカにとって非常に絶妙な政策だ。
年間65,000のH1Bビザの枠に苦しんでいるテック業界にとっては朗報で、なおかつ、世界の優秀な層をアメリカに引き付けることが可能になる。一方で、TPPでは労働ビザの自由化が一つのポイントになっていたが、TPPがそもそも発効しない可能性が現実味を帯びている中で、アメリカにとっては都合の良いルールとなる。余計なことを言えば、TPPなら雇用が脅かされる、テック業界とは関係ない層(これとドナルドを支持している層は重なる)にとっては、大きな悪影響のない政策で、両候補がともに反故にしようとしているTPPへの良い対案になっている。アメリカのスタンスでは、これらの新しい優秀な層が、より多くの産業を作って、先述した層にも多くの雇用を生み出してくれればいいと思っている。
一方で、アメリカ以外の大学にとっては非常に脅威になる。これまでは、留学のビザでアメリカの大学を出て、OPTという1年間の猶予期間になんとかインターンの仕事にありついて職歴を作り、結果を出して、ようやくH1Bビザのスポンサーを見つけ、さらに10万以上の応募から65,000の枠への抽選に当たることが必須だったアメリカ国外の優秀な層にとっては、アメリカで働くことは非常に現実的な選択肢となる。しかし、その人たちは、少なくとも大学院からアメリカに引きつけられる訳で、日本からも優秀な層がアメリカの大学院に行く可能性は十分にある。残念ながら、現状では日本が同じ政策を取っても、世界の多くの優秀な層は、日本の永住権よりアメリカの永住権の方を重視するだろうし、今のままでは、なす術はない。これは大学の責任だけではなくて、STEMの優秀な層にその国の永住権を取りたいと思わせられるかどうかという、国全体の問題。日本でも永住権の緩和が議論されているが、単に永住権を緩和すればいいだけでなくて、何を目指して緩和するのか。これは、今後長期間効いてくる話なので、今の日本でもっと議論しないといけないし、それこそ国のあり方を考える国政選挙でも考えて欲しいところ。少なくとも、日本の大学院のレベル維持と国際的な競争には相当な危機感が必要だと思う。アカデミアの人材確保競争は、それまでは大学院単体の魅力の競争だったものが、永住権という餌とセットとなることであり、それぞれの国の魅力も含めた競争に変化するということだ。