「電話加入権」について改めて思いを馳せる
中立なインターネットを使って調べる限り、他の国でそのような例の証拠を見つけることはできなかったが、日本には「電話加入権」と呼ばれるものがある。これは、電気通信事業法や、日本電信電話株式会社法に基づいて、電話のサービスを受ける権利のことで、電話を提供する会社との契約に基づくものだ。この権利を持っていれば、電話機を設置する場所を移転したり、利用の休止ができる。また、この権利を相続したり、他人に譲渡することもできる。NTTにおいては、電話回線を新しく申し込むときに「施設設置負担金」を支払うことになっていて、この施設設置負担金を払って契約を結ぶと、電話加入権を手に入れることができた。この電話加入権に相当する権利が発生したのは戦前の1897年で、当時必要な費用は加入登記料の15円だった。これが、時代を経るとともその費用の名称も代わり、一番高い時で8万円、現在は36,000円である。また、ライトプランを選ぶと、施設設置負担金を払う必要がない代わりに、少額の加算金が加えられることになっている。携帯電話ではこのような費用や権利はない。この電話加入権が、権利として特徴的なのは譲渡ができたことで、電話加入権を質に入れてお金を貸し出す業者も存在したし、売買することもできた。新しく電話を引くときに、最大8万円よりも事実上安く電話を引くことができた。
NTTのWebページには以下のような記述がある。
電話加入権とは、「加入電話契約者が加入電話契約に基づいて加入電話の提供を受ける権利」(電話サービス契約約款第21条)です。一方、施設設置負担金は、「加入電話等のサービス提供に必要な弊社の市内交換局ビルからお客さまの宅内までの加入者回線の建設費用の一部を、基本料の前払い的な位置付けで負担していただくもの」であり、お客さまにお支払いいただいた施設設置負担金の額を加入者回線設備の建設費用から圧縮することにより、月々の基本料を割安な水準に設定することでお客さまに還元しており、解約時等にも返還しておりません。
従って、施設設置負担金は、弊社が電話加入権の財産的価値を保証しているものではありませんが、社会実態としては、電話加入権の取引市場が形成されています。また、質権の設定が認められ、法人税法上非減価償却資産とされる等の諸制度が設けられています。 (https://www.ntt-east.co.jp/helloinfo/200465-1.htmlより引用)
上記の記述にあるように、施設設置負担金がなぜ必要だったかというと、ラスト1マイルと呼ばれる末端を含めた電話網を作り上げるために必要な費用を賄うためというのが大きな理由であった。一方で、電話網はほぼ完成し、携帯電話が広く普及した現在、新しくインフラを作るという意味ではこの施設設置負担金の意味は乏しく、また電話加入権そのものの価値も下がっている。電話加入権の売買も昔は数万円だったこともあるようだが、現在は1500円にも満たないようだ。
一方で、過去のこのような投資のおかげで、電話網は整備され、現在では音声だけではなく、インターネットを利用したあらゆる通信が大きな支障もなく、どこでも受けられるようになっているし、インターネットの通信における1パケットのやりとりに必要なインフラコストは無視できる程度になっている。もちろん通信会社やISPは、インフラの運営と維持に必要な正当な費用を毎月の代金として受け取っていて、そのおかげで円滑なインターネット上のサービスが実現されているが、インターネット上のサービスを受けるために最初に8万円を払う必要がなく、1パケットあたりのインフラ面での通信コストが無視できるようになったことは、インターネットが様々な活動のインフラになったことの大きな要因の一部であった。つまり、インターネットで様々なサービスを提供したり享受するにあたり、「参画するための初期コストや、1パケットあたりのコストを気にしなくて良い」という状態こそが、安定的なサービスのインフラとして重要であるのだ。
この経緯を紐解いたのには理由がある。我々はビットコインのような暗号通貨やブロックチェーンを利用したサービスが、インターネットが通信の世界でアンバンドルをもたらした通信インフラとなったのと同じように、エコシステムの構築において非中央集権的にアンバンドルされた世界をもたらすポテンシャルを持っていると考えているし、これが暗号通貨やブロックチェーンが大きく注目を集めている主な理由である。パブリックブロックチェーンは、多数のフルノードが同じブロックデータを記録し、合意アルゴリズムを実行して、フルノード網の維持に務めたプレーヤーにコインを報酬として与えるということで、そのインフラを構成し維持している。現在、ビットコインには1万を超えたフルノードが存在している。どのくらいの数のノードがあれば、ビットコインのパブリックブロックチェーンが安全で堅牢か、という閾値については十分な議論があるわけではないが、当初の論文でビットコインのプロトコルの設計が目指す、「二重支払いの防止を、信頼できる第三者なしで行う」インフラとしてはある程度自信を持てるインフラとなっていると思う。
一方で、暗号通貨を、アンバンドル化されてプログラム処理に向いた価値の伝達手段とインフラであると考えたとき、現在の電話網がインターネットに与えているような「参画するための初期コストや、1パケットあたりのコストを気にしなくて良い」という状態はまだ達成されていない。暗号通貨を使って価値の伝達手段を構築し、その上に「我々の現実の生活を助ける」新しいエコシステムを構築することを考えるとする。我々の現実の生活は残念ながらフィアット通貨のお世話にならないといけないこともあるので、暗号通貨とフィアット通貨の交換レートを意識せざるを得ないが、この交換レートの現状の不安定さは、とてもではないがエコシステムの構築には向かない。現実の生活の全ての活動が暗号通貨で構築できる(これには、我々の物理的な安全、例えば警察や消防や安全保障などのコストも含む)か、暗号通貨とフィアット通貨の交換レートが安定するか、ほぼ0になる状態になって、ようやくアンバンドルできるエコシステムの基盤として、その「技術の価値」が発揮できるようになるのではないかと思う。その時、経済や投資のレイヤでの興味はブロックチェーン自体ではなく、その上で展開されているエコシステムであり、そのマネタイズに移ることができるのではないか。
もちろん、電話加入権と暗号通貨を全く同列で語れるわけでもないし、異なる点も多々ある。しかし、暗号通貨やブロックチェーンが興味を持たれる意味を考えるとき、電話網というインフラがたどった道のりを考えることも、頭の体操としては意味のあることではないだろうか。