2023年のブロックチェーン振り返り〜「プロ驚き」からの脱却と地に足がついた若い世代への交代の予兆
改めて確認できた現在地
2023年のブロックチェーンに関する振り返りをするとき、多くの記事は「暗号資産の冬」から始まる。続いて、米国における証券取引委員会(SEC)などの規制当局の動向や、日本におけるロビイングの話題、冬にかけて少しばかり上昇した暗号資産と既存通貨との交換レート(これを称して「雪解け」という人もいるようだが、かぎられた人の内輪のやり取りにおける交換レートの変動と、暗号資産やブロックチェーンが失っている信用にどれほどの相関があるかは筆者にはわからない)が、語られていたのではないかと思う。
米国当局だけでなく、国際的な規制組織、たとえば金融安定理事会(FSB)、国際通貨基金(IMF)、証券監督者国際機構(IOSCO)を始めとして、多くの組織が、暗号資産、ブロックチェーン、分散型金融に関する分析と規制のあり方についての詳細な報告書を発行している。これらの報告書は、長年の詳細な研究に基づくもので、おおむね2014年くらいからの、さまざまなイノベーションやサービス開発の結果として人類が得た知見に基づいた議論がなされている。
多くの報告が意味しているところは、ビットコインによる発明は、限定的な用途においては重要なイノベーションであるものの、人間社会の金融や経済活動全体を支えるには安定的でセキュアとはまだ言いがたく、かつ悪用される危険性を持っている、というところだろう。ビットコインは、Paymentにおける単一障害点を可能な限り少なくしようという技術だが、その革新性は「Payment以外への応用へ」と多くのイノベーターの野心をかきたてた。しかし、2023年の時点ではまだ力不足で、さらなる研究開発が必要という認識が現在地であるといえる。
「プロ驚き」の時代は過ぎた
今年、日本から発信された新しい言葉で、個人的に感心した言葉は「プロ驚き(屋)」という言葉である。正式な定義はないが、こちらのブログ記事(https://takashionary.com/ja/pro-odorokiya-meaning/)によると
「SNSでChatGPTなどの最先端ツールやテクノロジーを、神・最強・ヤバすぎ、のような誇張表現を使って興奮気味に紹介し、時折それを自分にとって都合の良いように選んだ2、3個の成功例に基づいて、妄想や行き過ぎた主張を交えながら行う人(上記サイトから引用)」と解説されている。
生成AIと大規模言語モデル(LLM)は、(普通の人だけでなく、悪意を持った人にも)言語で表現する情報処理の生産性を飛躍的に向上させるという大きな技術的進展であると同時に、この分かりやすい結果が、いろんな人の妄想をかき立てた。SNSの議論において、ある種のポジショントークを含め、過剰な驚きの記事を書くことでアテンションを集める、ということが起きている。
これは、ブロックチェーンにおいても見られた光景である。
ブロックチェーンについては、単一障害点を限りなくなくすこと(つまり、なるべく多くの別の主体でタイムスタンプ付き書名データを共同管理すること)と、台帳の処理性能をあげることの両者には避けられないトレードオフの関係があり、これを避けるための技術(たとえばレイヤー2と呼ばれる技術)を導入すると、もともと取り除きたかった単一障害点が別のところに顔を出す、というモグラ叩きのようになることは往々にして生じる。ビットコインですら、数学的アルゴリズムの部分では単一障害点を取り除いているように見えるが、一方でユーザによる鍵管理に責任を押し付けているともいえるわけで、結局は誰が責任を取るのかという信頼の確保のあり方の設計方針の問題になる(元をたどると、現代暗号の証明可能安全性の理論が、数学的安全性証明をつけられるようにするために、安全な鍵管理を仮定にしてしまっているため、現代暗号理論を利用する帰結といえる)。公開鍵インフラは長期間、さまざまなところで使われているが、署名鍵にも、電子署名にも、証明書にも有効期限があり、場合によっては鍵、署名、証明書の発行し直しが必要にになる。Layer 2も始めとして、複雑なシステムにおいて膨大な鍵と証明と証明書をどのように管理するのかの議論はされていない。ここに新たな単一障害点は作り出される。
また、「ブロックチェーンのトリレンマ」や、オフチェーンデータを取り込む際の「オラクル問題」。さらには人間の労力や時間は有限なのでDeFiや「De何とか」と称されるガバナンスのメカニズムの多くが実際には理想とする投票によるガバナンスを実現できずに「De」とは名ばかりのものがほとんどである、という、長年ブロックチェーンについて指摘されている問題の多くは、根本的には解決されていない。
この10年間に行われたさまざまな実験や取り組みの結果、それでも現状は上に述べた状況であることを踏まえると、ブロックチェーンにおける「プロ驚き」の多くは、「現時点では」妄想や行き過ぎた主張である、ということになる。
そして、ブロックチェーンに関しては、「プロ驚き」をする時期は一端終わったと言える。
改めて、基礎(Foundation)に立ちかえる
ここで取る道は3つある。一つ目は、しばらくはブロックチェーン技術には芽がないと判断し、リソースを投入することをやめる。二つ目は、今のブロックチェーンの延長として、主にビジネスの観点で風呂敷を広げ続けること。そして、三つ目は、一度短期的なビジネスのことから離れてブロックチェーン技術と理論の基礎に立ち返り、暗号技術と単一障害点が少ないタイムスタンプ技術を磨くことだ。そして、もし、現在地が、ブロックチェーン技術に期待することとその技術や理論の完成度に乖離があるのであれば、一番有望で、かつ注目すべきは三つ目の道だろう。
三つ目の道は、少し時間がかかるかもしれないが、先行きが見えておらず、そのイノベーションについて懐疑的な目を払拭できていない二つ目の道の弱点を最終的に補う方法だ。
ブロックチェーンのように国境を越えてグローバルに自由な流通を促進するような技術は、一般的には既存のガバナンスにとって「やばいもの」だ。そういうものをグローバルに(地球上に)定着させるのは大変である。インターネットはその唯一の成功例であったが、インターネットの(今もぎりぎり続く)成功の裏には、大学などのアカデミアを世界的に巻き込んだ1969年以降の長期の研究開発の成果がある。その上で、グローバルに議論するIETF(Internet Engineering Task Force)のような場所があり、そこではインターネットパイオニアたちが、大人の知恵を働かせて、磨いた技術をさまざまなステークホルダーにうまく見せてきた。ブロックチェーンはお金がからむことになってしまったので、インターネットの時より難易度は高いが、まずはこの歴史に学ぶ必要があるだろう。
基礎に立ちかえるという事で言えば、2023年の4月に、Ethereum財団が主催する形でETH Global Tokyoという技術ハッカソンイベントが開かれ、数少なくない日本人の若者がファイナリストに選ばれた。このファイナリストの中には、改めて暗号理論の基礎から学び直す必要を感じて、ブロックチェーンスタートアップを畳み、暗号技術で著名な教授がいる大学院にこの秋から入学した人がいる。
また、この記事を書いている直前に、セキュアなリモートログインな方式として広く使われているSSHに脆弱性が発見された。ブロックチェーンより単純なこのようなプロトコルでも、時折脆弱性は見つかる。ブロックチェーンの技術に真摯に向かい合っている人ほど、基礎理論を正しく身に付けることの重要性を認識しはじめている。
これは、非常によい兆候である。
筆者は、2024年の1月に26日と27日に、佐賀県嬉野市にあるSolidity Houseで、日本のトップの暗号学者とブロックチェーンエンジニアによる合宿を企画している。これは、ブロックチェーンエンジニアに不足している安全に暗号を利用するための前提知識を伝えるとともに、ブロックチェーンエンジニアが作りたい新しいイノベーションに必要な暗号技術とその研究について膝詰めで議論するものだ。このイベントのチケットは24時間を待たずして売りきれた。
同じような兆しは、BGINでも見られた。2023年11月19日から22日までシドニーで行われた第9回総会(Block #9)では、非常に意義深いセッションがあった。
このセッションは、2023年9月9日に、Vitalik Buteri氏らが公表した論文 “Blockchain Privacy and Regulatory Compliance:Towards a Practical Equilibrium” について、どのように社会的に合意を得てひろめていくか、という議論を行うセッションで、ZCashを運営するElectric Coin CompanyのCEOであるZooko Wilcox氏(生粋のサイファーパンクで“Privacy is Normal“というTシャツを着て登場した)と、米国政府で規制側としてProsecutor(検察官)であり、現在はAssociation for Women In CryptocurrencyのXEOをしているAamnda Wick氏が、お互いに相手の意見に「Disagree」という言葉を多用しながら激論を交わした。
その論点は、プライバシーが重要なのは認めるが、匿名化技術は犯罪者を追えなくなるため政府として容認できないということだった。確かに、匿名化技術はプライバシー保護技術のひとつにすぎず、ブロックチェーンの世界で必要なプライバシー保護は匿名化技術以外の技術でも達成できるかもしれない。つまりは、プライバシーと匿名化には概念として差分があり、そこに対する共通認識が必要だということが確認された。このセッションの模様は、BGINのYouTubeチャンネルから見ることができる。
BGINでは、この議論をうけてプライバシーと匿名化の関係の文書を作ることになった。この一連の流れは、基礎(Foundation)的な議論と作業をブロックチェーンにかかわる人が行うことがようやく始まったという意味でターニングポイントになるかもしれない。そして、次回の総会(Block #10)は、Japan Fintech Weekの一部として2024年3月3日から3月6日まで開催される。日本で3番目の道にかかわりたい人はぜひ参加してもらいたい。
世代交代の予兆
これまで「プロ驚き」的な売り込みをしてきた人たちは、その発言の中で「ブロックチェーンがつくるエコノミー(経済)」、とか「新しいインダストリー(産業)の基礎であり、日本のITの復興のツール」といったような言い方をすることがある。しかし、今のブロックチェーンは「経済」とか「産業」という部分の議論に耐えるようなものではなく、その話は時期尚早だ。今はエコノミーやインダストリーという言葉を使う以前の、もっと基礎的な議論に立ち戻る時期である。私が製作にもかかわったNHKのWeb3を解説する番組「漫画家イエナガの複雑社会を超定義」でもコメントしたが、つまりこのタイミングこそが「暗号技術という数学と個人が管理する鍵が、社会にとってどういう意味を持ちえるのか」を改めて考え直す大きなチャンスなのではないだろうか。
生成AIは、デジタル社会における「信頼」の問題に大きな疑問を投げ掛けている。ブロックチェーンや暗号技術を用いた証明は、生成AIの時代に、改めて意義がでてくるだろう。
2023年は、「プロ驚き」的な言動をする人、風呂敷を広げたままにする人と、しっかりと基礎から固めていく人たちが別れた年であるように思う。若い世代は後者に多く、しっかりと将来のブロックチェーンの開発に必要なものを認識している。つまり、より本質的な仕事にリソースを割くことを考えている、より若い世代への世代交代が始まったのではないかと思う。その動きが、2024年にはさらに広がることが、本当に重要なのではないかと考える。