目的のアップデートの必要性:社会実装だけではなく社会受容へ
社会実装という言葉の再考
ブロックチェーンに限らないが、多くの新しい技術に基づく取り組みについて、「社会実装」という言葉がたびたび登場する。しかし、よく考えてみると、「社会実装」という言葉が意味することは、あまりクリアではないし、人によってもその意味するところは違うのではないか。誤解を恐れずに言えば、社会実装という言葉を使ってしまうことで、言霊的に、本当に世の中をよくするために必要な取り組みの一部を忘れてしまうことになるのではないか。
筆者は、経済産業省の「Web3.0・ブロックチェーンを活用したデジタル公共財等構築実証事業」のアドバイザーを務めているが、その際に「社会実装だけでなく社会受容に向けた取り組みであるべき」という提言を行った。その結果として、この事業の内容に「社会受容」という切り口が加えられた[1]。本稿では、この提言を行った背景について述べたい。
社会実装という言葉が登場した初期の活動の1つは、2011年の第四次科学技術基本計画以前から行われていたJST/RISTEXによるものである[2]。[2]の論文では、以下のように定義されている。
問題解決のために必要な機能を具体化するために、人文学・社会科学・自然科学の知見を含む構成要素を、空間的・機能的・時間的に最適配置・接続することによりシステムを実体化する操作
一方で、社会実装という言葉自体がバズワードのようになり、その定義もあいまいになっている。また、評価軸としてもあいまいに使われるワードとなっている。このあいまいさをもったワードを税金が多額の投入される事業の評価基準になることは問題であり、これが社会実装という言葉ノミを使うことの問題点出あると考えた。
筆者が、社会実装を使うべきでないと考えるもう1つの理由は、特にブロックチェーンやWeb3.0の文脈で、「すぐれた技術をつくったエンジニアとブロックチェーンビジネス主体が、社会にコードとして埋め込み(ここが実装)、使わせること」のようなニュアンスをもつことがあることである。つまり、解決したい問題の主体の人間(実際の技術の使い手)の都合より、プログラムコードの作り手の考えが優先されるニュアンスを出すことがあるからである。「エンジニアが社会に実装する」という考えがある限り、それはステークホルダー間の対等な関係の放棄にあたる。このままでは、ブロックチェーンの担い手が増えずに、ユースケースの作り手の増加にもつながらないことになる。
なお、英語圏で社会実装(例えばSocial Implementation)はあまり一般的には使われておらず、英語モードでのGoogle検索でも1,470,000,000件がヒットするものの、そのページの大半は日本語圏のWebページとその英語版であることに注意されたい。
ブロックチェーンの社会受容の評価
ビットコインの発明における構成要素としてブロックチェーン技術が2008年に提案されてから、16年以上経過し、ビットコインのように運営主体を持たないケースや、財団や企業などがある種の運営組織(の一部)を担い、金融、非金融を含めた様々なユースケースが試されてきた。一方で、ブロックチェーン技術とそれらを利用したビジネスは社会から受容されている(Socially Accepted)と言えるだろうか。この事業が存在すること自体が、まだ社会受容が十分でないことを傍証になっていると言える。
科学技術の社会受容性については、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が、2020年に報告書を出版している[4]。このレポートは2020年に出版されたもので、このレポートにある仮想通貨の受容性のデータについては4年前のデータであることに鑑み本稿では議論しないが、この報告書の中で書かれている調査設計において、以下の項目が調査項目として挙げられている。
- メディア等の視聴時間
- 施設等への訪問経験
- 科学技術への関心
- 科学技術の発展への期待
- 科学技術の発展に伴う不安
- 科学技術を情報発信すべきメディア
- 科学技術を情報発信するメディアの信頼度
- 新技術への関心
- 新技術の発展への期待
- 新技術の発展に伴う不安
- 新技術は社会に良いか
- 慎重な管理が必要か
- 新技術の専門用語に対する認知度
- 新技術を情報発信すべきメディア
- 新技術を情報発信するメディアの信頼度
- 新技術を受け入れられるかどうか
エコシステムにおけるステークホルダー
社会受容を1つの評価指標とした場合、その受容する(あるいは受容しない)ステークホルダーを特定する必要がある。
図は、筆者が金融庁 デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会に提出した図である。その中で大きく5つのステークホルダーを示している。
- 暗号研究者
- エンジニア
- ビジネス
- 規制当局・政府
- 消費者・投資家
この図は、このステークホルダーの間でコミュニケーションがうまく働かず、ほかのステークホルダーへの期待や仮定が時には過剰であり、それによって問題が発生したり、問題が解決せず社会受容の妨げになっていることを示している。
これまでブロックチェーンにおいて数多く発生している事故、事件、詐欺などは、これらのミスマッチが根本的な原因の多くであり、またこのミスマッチを放置していることが問題である。この図に書かれているミスマッチは例示に過ぎず、すべてを網羅できているわけではない。今後、知られていないミスマッチを洗い上げ、その対応方法を検討することは非常に重要である。
社会受容のための課題
社会受容における課題には、技術的課題と、技術的ではない人間的あるいは社会的な運用に関係する課題がある。
技術的課題は、ブロックチェーンに根源的に存在する、性能とセキュリティと単一障害点の有無のトレードオフ(ブロックチェーンのトリレンマ)であり、また現代暗号理論に根ざしていることから自動的に発生する暗号技術の鍵管理の問題がある。それに加え、スマートコントラクトやDeFiなどを始めとする、ブロックチェーンとその他のシステムの高度な連携において、セキュリティとプライバシを保つことは非常に困難であり、仮にブロックチェーンの単体システムが安全であったとしても、その組み合わせで脆弱性が生じることが多く発生している。上記のような点は、そもそも安全なシステムを利用するという社会受容性の根幹として大きな課題である。
社会的運用に関する課題としては、責任分解の問題が大きな課題である。分散性をアピールするサービスやプロジェクトが多い中で、現実に利用者(これには末端の消費者だけでなく、ビジネスにおいてブロックチェーンを使うときの法人も含む)に損害が発生するとき、あるいは何らかの不利益が生じるときの回復や賠償を含む、責任の依存関係の不明確さは、社会受容性における大きな課題である。仮にビットコインが「Don’t Trust, Verify」の思想からスタートしたものであり、究極の自己責任を要求するものであったとしても、現実に社会課題の解決を目標とする場合、責任関係の明確化、責任を果たす方法の持続性などは大きな課題になる。
より広い支持を集めるために
上述の通り、ブロックチェーン技術が誕生して16年が経過し、世界中で数多くの実験が行われ、ブロックチェーンで実現できること、できないことが明らかになってきた。詳細は、次の記事で述べるが、サイバー攻撃による暗号資産の窃取や、消費者保護上の問題を多くはらんだ取り組みがあとを立たないなど、どちらかというと本来想定する技術の利用者にとって受容を妨げる事象が数多く発生しており、その課題の解決、つまりは幅広い支持を集め、ブロックチェーンエコシステムに異なるステークホルダーも協力してくれる体制作りは後回しになっているように見える。2024年は、その点では、まだまだ道半ばなのではないかと考える。次の記事では、2024年の現状から見たときのブロックチェーンが社会的に受容されるための課題を述べたい。
[1] CoinDesk Japan, “総勢80名が参加、1回目のワークショップ開催:経産省「Web3.0・ブロックチェーンを活用したデジタル公共財等構築実証事業」,” https://www.coindeskjapan.com/247523/
[2] 茅 明子、奥和田 久美、研究成果の類型化による「社会実装」の道筋の検討、\url{http://shakai-gijutsu.org/vol12/12_12.pdf}
[3] Chainalysis, The 2023 Geography of Cryptocurrency Report, \url{https://static.poder360.com.br/2024/01/The-2023-Geography-of-Cryptocurrency-Report_Chainalysis.pdf}
[4] 細坪 護挙、角田 英之、加納 圭、岡村 麻子、星野 利彦, 科学技術に関する国民意識調査-新技術の社会受容性-, \url{https://doi.org/10.15108/rm296}